【特別インタビュー:錦明印刷 社長 塚田司郎氏】過去を超えて、現実に向き合い“実行可能性”で会社を変えていく
ニュースサイト「NEWPRINET」開設10周年にあたり、テーマとして掲げたのは『印刷を超える~垣根を超えた発見・出会い』である。過去10年を振り返ると、印刷業界そのものも大きく変わり、業界の中で見聞きする印刷各社の仕事や在り方について、大きく変化してきていることを感じる。
変化をし続けている企業の共通点には、従来の仕事の枠を超えて、進化を遂げている点である。その結果として、印刷物の製造にフォーカスしている会社から、マーケティング重視の会社まで様々な業態となっている。9年前、創業100年を迎えた錦明印刷株式会社も、過去の業態を超え、更なる発展に向けて取り組んでいる企業である。錦明印刷・代表取締役社長の塚田司郎氏に話を伺った。

「現代の印刷会社」とは?
「今後の印刷業界はどうなるでしょうか」と聞かれることがあります。私が考えるのは、印刷企業には、規模も大小様々あり、取引先も様々です。そのため、製造している製品、提供しているサービスも異なり、物の捉え方も違っています。印刷企業の共通点は、印刷機を持っているということくらいではないでしょうか。印刷産業を詳しくみていくと、出版や商業印刷など一般的な印刷の他に、フォーム印刷、パッケージ印刷、シール印刷など、多くの種類があります。それを一括りにして“印刷会社”と言ってしまうと、ペルソナを捉える現代のマーケテ
ィングの視点には合いません。
相手にしている市場やビジネス環境が異なっているのに、運命共同体だとは思えません。
現代の印刷会社に対する印象は、オフセット印刷機を動かしているイメージが強いかもしれません。しかし、進化している印刷企業では、様々な取組みをしているというのが実態ではないでしょうか。
錦明印刷でも、ビジネスの定義を「コミュニケーションカンパニー」としているため、仕事の内容は必ずしも紙にインキを乗せるだけが仕事とは限りません。会社が社会に役立つにはどうするのかという点に立つと、印刷だけがニーズではないからです。
弊社は、9年前の201 6 年に、創立100 周年を迎えました。その時、社員から、「会社の経営理念は何ですか」と改めて尋ねられたのを機に、経営理念を明文化しました。
【錦明印刷のビジョン】
「豊かで成熟した文化的な価値」の提供を
目的とする新たなパラダイムを構築することが、
21 世紀の錦明印刷の課題となっています。
出版印刷を通して、感動・共感、知識・教養を
企業へのコミュニケーションサービス(商業印刷)を通して、
ビジネスの効率化・最適化を
フォトビジネスを通して、人生のハイライトを永遠にする
今までの長い良き伝統と歴史の上に、
現代的な技術を使って新たな価値を創出し、
現代企業としての革新性を加えながら、
変わっていく社会のニーズに対して貢献していきたいと考えます。
人はあらゆる意味において要約され得ない存在で、それが表現にも繋がっています。本を通じて人生が変わる、人生の転換点になったという経験を持つ人もいるのではないでしょうか。また写真事業で取り扱う結婚式のアルバムは、人生のハイライトである結婚式の瞬間を永遠にするという役割りがあります。個人の人生は、その人だけのものであり、写真を見る度に思い出に浸ることは豊かな時間です。
こうした事業を通じて、人生の豊かな時間をつくることを支援する。それが千代田区で操業している錦明印刷のミッションであるとしています。
経営のビジョンは各社各様です。経営者が自社の在り方、目指していることに真剣に向き合えば、必ず答えは出てくるものだと思います。ビジョンや方向性を明確にしておくことが、何かを選択したり、道を進む時の指針になります。
社会の変化とともに会社は変わる
202 5 年は、21 世紀が始まって四半世紀を過ぎたターニングポントといえます。この節目に、10 年後、20 年後について考えるタイミングだと思います。印刷付帯サービスやBPOなど“業態変革”に取り組む企業が増えていますが、変化する環境から生み出された、それぞれの回答だと思います。いずれも顧客が望むことに取り組んでみた結果、紙じゃなかった、印刷じゃなかったということであり、振り返ってみた時、業態が変わっていたということだと思います。
錦明印刷においても、オフセット印刷の仕事の比率は減少しています。できるだけ印刷に関わる仕事をしたいと思ってきましたが、振り返ってみたら減っていたというのが実態です。客先の出版市場をみても、ピーク時と比較して雑誌は約3割に、書籍も約半分に縮小したと言われています。客先の市場が変わるならば、受注している印刷会社の仕事も変化することは当たり前であり、社会の変化と共に会社も変わっていくということだと思います。
チャンスの時に、どうするか
私が社長に就任した200 3 年、取引先の金融機関がこぞって来社しました。その目的は、これから錦明印刷は何をしていくのかを確認するためでした。その頃、まだ社長になりたてであり、今の会社の姿になると明確に描いていたわけではありません。しかし、社会のニーズの変化と共に変わっていくのだろうなということは考えていました。
その頃は、デジタル印刷機が注目されるようになってきた頃でもあり、錦明印刷もデジタル印刷の可能性を追求していきました。そして取り組んでいるうちに、写真業界においても、デジタルカメラの時代を迎え、デジタル化が進んでいき、
プレイヤーも変わっていきました。
写真業界からフォトブック製造の相談を受ける機会があり、写真業界との繋がりができました。海外の製本加工機メーカーからの誘いを受けて、高級アルバム市場にも乗り出しました。
この時、まだ日本にはない製本システムの代理店にもなったのですが、「印刷会社だから、機械の販売は関係ない」と断っていたら、今の錦明印刷はないと思います。人生には誰でもチャンスの瞬間が訪れます。その時に決断できるのかどうかが分かれ目になるのではないでしょうか。
新しい取り組みを進めるにあたり、新たに事業部を立ち上げました。すると、テーマパークでの仕事の依頼がきました。フォトビジネスを始めると決めたものの、本当にできるのか不安でしたが、依頼した会社から「絶対できるから」と言われました。
そして、取り組みを始めて分かったことは、その頃の写真業界には、写真撮影したデータを加工して、DTPでフォトブックのデータにしてプリントし、加工するという一連のことができる会社はないということでした。取り組んでみて、初めて見えてくることがあるということです。
こうしたデジタル印刷の市場は、一般的にも増加していると思います。しかし、今後はますますシステムが進化することで、デジタル印刷機を扱うのは印刷会社に限らないのではないかとも思っています。
オフセット印刷の場合には、職人の技や経験などが必要で、参入が難しい世界でした。しかし、従来の印刷物と品質が変わらずにできるシステムがあるなら、資金力のある会社が自社で製造ラインを組めばいいということになります。現在の大手出版社によるデジタル印刷機の導入はその象徴であり、これは出版社に限ったことではなく、どこの産業でも同じことがいえると思います。
日本の優れたデジタル印刷技術への期待
現在の需要から考えて、デジタル印刷機が、より社会ニーズにフィットしたシステムが普及してくると、便利で良いのではないかと感じています。
ドイツで2024 年に開催された「drupa2024」において、連日、現地で発行されていた「drupa daily」の中に、“これまでインクジェットdrupaなどと言われてきたが、今回ほど実用的な機械が出来たdrupa は過去にはない。素晴らしく実用的な機械が登場している”と紹介されていました。そのように評価されていたのが、8号館や9号館に出展していた日本企業のシステムでした。
このデイリーニュースに紹介されている記事を読んで、日本の企業は本当に努力したんだなと誇らしい気分を抱きました。しかし、残念なことに、発表されたシステムは、まだローンチされていません。こうしたシステムが現実に市場に出てくると、かなり状況は変わってくるのではないかと期待しています。
ITの進化と社会の変化
会社は、社会のニーズに対してサービスを提供します。ですから、社会の変化と共にあるものです。自社の置かれている環境の変化をみれば、どのようなサービスが必要なのかが見えてきます。
錦明印刷は、コミュニケーションカンパニーを標榜しているので、紙のデザインもしますが、ランディングページ作りなども行います。コミュニケーション企業として定義しているので、そこにあわせたサービスを行います。会社として、何を目指すのか。社会の中でどんなミッションを果たすのかということが大切だと思います。
また一方で、環境対応というニーズからいうと、錦明印刷では一気通貫で製造を自社で完結することを工場のテーマに掲げています。これにより、CO2排出を抑制し、無駄な時間とコストを短縮するということを取り組んでいます。
日々、技術は変化し、進化していますが、重要な変化は、やはりコロナ禍の3年間でした。
コロナ禍の3年間は、人々は外出もできない、外にも出られない社会でした。それに伴い、何でもWeb上から調達できる“eプロキュアメント”が加速しました。現在ではWeb上にはテンプレートデザインが用意されており、そこからオリジナルなデザインが、少量でも簡単に印刷発注できるなど、これまでBtoBの世界だけだったことが個人でも可能になりました。社会変化として起きたことです。
こうした社会に対して、何をサービスするのかを考えていかなければなりません。アフターコロナの印刷市場は、少しずつ増加に転じていると言われていますが、その中身は、オフセット印刷は横ばいもしくは微減です。一方で、デジタル印刷や写真事業は増えています。社会が求めていることが、別の形になって戻っ
てきていると感じます。
ITの影響は、コロナの3年間でかなり大きく変化をもたらし、大半がWebから購入して配達してもらえるようになっています。自社のサービスはどうなるべきなのかを見極め、立ち位置を考えていかないとなりません。
究極は何をするのも自由です。しかし、中小企業には資金や人材などにも限界があり、競争するには、それほど自由ではありません。だから1社ではなく、コラボレーションして共創することが求められています。そして、競争に勝てる分野でなければ生きれないため、チャンスを見つけていかないといけないと思います。
求められる実行する力
経営コンサルの企業として知られるマッキンゼー・アンド・カンパニーによると、社会で企業間格差がおこる理由は、自社にあった戦略を実行できるのかがポイントになる(実行可能性)ということです。実際に変わった会社は、“実行で
きた会社”だと思います。
同じことをしているだけでは社会は進歩しません。自社の技術を使って、何のために印刷物を製造するのか、なぜ提供するのかです。何かをするためには、それなりの知識やスキル、システム、人手など、様々な要素が必要であり、経営者
の決断が求められます。
マッキンゼーのいう実行可能性の重要性は、どれだけ素晴らしい計画や目標を掲げても、実行に移せなければ社会に役に立たないし、価値がないのと同等だということです。実行する力が大切です。
実際に新しいことを始めるのは大変です。
新規事業担当や部署を作る場合、始めてみると、先行している他社がいたり、強大な敵にぶつかるなどして、担当者からネガティブな意見が上がってきたりします。様々な意見、不平不満が上がってきますが、それに対応するのが経営者の役目です。
変われなければ、元の状態に戻る「慣性の法則」が社内にはあります。経営者が、自社が直面している危機について社員に語っても、経営者と同じ感覚で受け止められるかは疑問です。それは熱量が経営者とは違うからです。社員と経営者では、熱量やモチベーションが違うのは当たり前です。社員にとって従来のままでも売り上げが上がるなら、そのままのほうが楽でよいからです。
でも、そのままでは何も変わりません。実行するためには、そこに至るプロセスにおける課題やバリアを取り除いていかなければ実現しません。それを乗り越えて実行できるのか、そのために何をするのかを考える必要があります。
社員は成功することを望んでいるのか、失敗することを望んでいるのかという両方が考えられます。新規事業が成功すると盛り上がるかもしれませんが、失敗した場合は「社長はあんなこと言っていたけれど、やっぱり出来ない」とか、「うちの会社には無理なんだ」という感情が生まれて、「だからやらなくていいんだ」という雰囲気が醸成されてしまいます。そうした状況は、避けなくてはなりません。
新しいことを生み出すのではなく、従来のまま動かないことを、先代の塚田益男が著書の中で、『凪の状態』と表現しています。その凪の状態から、「今のままでは駄目だ。うちの会社も何かやらないといけない」と思わせる。その状況をいかに生み出すのかということを、経営者は考えるべきです。
そういうことに取り組み、凪の状態を乗り越えた企業が、新しい業態に変わっていくのだと思います。
伸びる市場を目指せ
社会のニーズは変化します。ですから、ダーウィンの進化論にあるように、簡単に言えば、変化に対応する会社になるということです。
変化の方向は、伸びる市場です。植物が日光に向かうが如く、企業は成長市場に向かわないといけません。ただし、考え方は様々あり、全てに共通はありません。そのため、解決方法も、目指す方向も異なります。
ロチェスター工科大学の印刷科で有名なフランク・ロマーノ教授によるとEDS F が、アメリカにおいて印刷物は何種類あるのかを分類したところ、14 種類だったといいます。つまり、14 種類の印刷物に、それぞれ違う未来があるということでした。
だからこそ、自社が生産している、関わっている印刷の市場は何か。自社が関わっている印刷の未来は何かを、それぞれが考えることで将来予測ができると思います。
変化する方法に、「売り物を変える」「売り先を変える」「売り方を変える」という考え方があります。売り物を変えるというのは、今までとは別の商品やサービスを作ってみる。売り方は訪問営業からネットに変えるというようなことだと思います。実際に取り組むことで、新しい可能性が見えてくるのではないでしょうか。
自分ですべきことを決めて取り組むだけです。
普遍的なサービスは世の中に沢山ありますが、他社と同じことだけを提供していては価値が生まれません。大手企業のように全方位でサービスを提供するということは、中小企業には出来ません。社会の変化の中で、どの分野に対して提供できるのかを考えていく。自社の技術と、社会ニーズにマッチした特定の分野を見つけ出し、そのサービスを欲している顧客や市場を探し出し、より多く提供していくということに尽きると思います。
【会社情報】
錦明印刷株式会社
本社:東京都千代田区西神田 3-3-3
電話:03-3265-7098(営業窓口)
HP:https://www.kinmei.co.jp/