クイックス 『印刷革新会』で実践する自働化構想~単品損益から問題をあぶり出す

 2022年2月、受注から制作、印刷、製本断裁、仕上・箱詰め、在庫管理・配送手続き、配送までの“自働化” を推進する『印刷革新会』が発足した。

 株式会社クイックス(愛知県刈谷市/岡本泰社長)、佐川印刷株式会社(愛媛県松山市/佐川正純社長)、株式会社正文舎(北海道札幌市/岸昌洋社長)の印刷会社3社と、株式会社J SPIRITS、株式会社ホリゾン、リコージャパン株式会社のベンダー3社が連携し、実践的なDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めている。

 クイックスの岡本泰社長に同社が進める『印刷革新会』の取り組みやDXの考え方について話を聞いた。

岡本泰社長(株式会社クイックス)

現実を見るモノサシ
MIS・PrintSapiens

 クイックス、佐川印刷、正文舎の印刷会社3社は、各社が構想実現に必要となるハードウェアやソフトウェア、構築までの労力・時間に投資。それぞれが持つノウハウや強みを利用し合いながら個々の自動化と効率化を進め、そこで得た知見の共有化や人的交流などで連携する。リコージャパン、ホリゾン、J SPIRITSのベンダー3社は自働化構想に協力するとともに、印刷会社3社がその過程で得た情報やノウハウを反映させた製品を販売する。

 印刷会社3社は、ベンダー3社のユーザーに対して自動化された生産現場を公開し、将来的に印刷業界の自動化促進にも寄与。自働化・効率化により生み出された人的リソースを付加価値の高い分野に振り向け、顧客の利便性向上や働き方改革の促進、社員の働きがいの高揚などにつなげる。

印刷会社3社が連携

 クイックスの岡本社長は「印刷革新会の自働化構想は、佐川印刷の佐川社長、正文舎の岸社長と自働化について議論していく中で、ホリゾンの製本ワークフローiCE LiNKの守備範囲や拡張性の広さが自働化に使えるのではないかという話になったことが発端です。ホリゾンに前後工程までに広げる意思を確認したところ、ぜひやりたいと。しかし、メーカーが全てを負担するのはリスクがあります。そこで私たち印刷会社3社が自働化システムを構築する中で、メーカーに開発やデータ連携などに取り組んでもらい、その過程で得たノウハウや製品を販売してもらおうということになったのです」と、印刷革新会発足の経緯を説明する。

 構想にはリコージャパン、J SPIRITSも賛同。現在、印刷会社3社それぞれが自働化の仕組みを構築しながら、経営者に限らず現場の担当者レベルで情報を共有化している。

 クイックス、佐川印刷、正文舎ともに自働化構想のベースとなる基幹システムには、MIS( 経営情報システム) の『PrintSapiens』を採用。クイックスでは早くから『PrintSapiens』を導入し、受注単品ごとの損益管理を実行してきた。

 同社は1947年に創業。日本有数の自動車工業都市の愛知県刈谷市に本社を置き、同社の顧客もメーカーが多い。謄写版印刷からスタートし、顧客のニーズを組み取りながら、その時代の流れに沿って柔軟に業態を進化させてきた。現在の主要業務は大きく、マニュアル制作・支援、販売促進支援、記念誌・教育出版支援の3つのサービス。マニュアル関連では印刷物よりもデータ納品が多く、販促支援関連も印刷物だけでなく、Webサイトの構築、展示会のブース設営まで幅広く受注する。教育関連ではオンデマンド印刷を絡めて、塾向けに受講生に応じた個別教材の在庫管理・物流までを担う。

 同社の経営計画書では社長の方針に基づき、役員が本部方針を立案し、具体的な部門方針、課方針が立てられる。各部門の年間目標、半期目標、月次目標に対し、MQにより管理される。PQ(売上)からVQ(変動費)を引き、MQ(付加価値額)を算出。MQからF(固定費)を引いたものがG(利益)となる。この管理手法によりグループ(課)が日常の業務を判断して動かしていく。

 「単品損益で管理しなければ正確な原価が分かりません。原価はこれだけエネルギー価格が上がると月単位、日単位で変わります。そうした日々の単品の出金、入金の合計が会社全体の出金、入金とイコールになるというのが当社の単品損益の考え方です。単品損益の問題を改善するには売価を上げるか、固定費、変動費を下げるかです。当社ではどこにターゲットを置いて改善していくかは数字をもとに現場が検討し、判断します。例えば、変動費に問題があれば材料や外注先を見直します。固定費であれば3時間かかっていた作業を2時間30分に短縮する方法を考えます」。このPDCAを繰り返すことで会社の損益が改善するだけでなく、社員のマネジメント能力、問題発見能力、方策立案能力が高まる。また、数字をもとに議論するため、全社方針が浸透しやすくなる。

クイックスの単品損益のベースになるMQ会計

印刷業から情報デザイン業へ

 同社は今期から新中期経営計画『KWIX BRAND 2027』をスタートした。2027年に向けて印刷業から“情報デザイン業” への変革をより強固にすべく、市場拡大と事業価値の向上を図る。なぜ情報デザイン業に変革するのか。

 「数字を見れば印刷単体の売上高は減少していることが一目瞭然です。だからクイックスは情報セキュリティ能力を高めて情報デザイン業にシフトするわけです」

i-Shareの機能

 同社の『i-Share』はマニュアルコンテンツを資産化し、継続的に活用するCMS(コンテンツマネジメントシステム)で、現在、200近くのライセンスが採用されている。健保向けに健診の受診率を高める『健診Assist』は緯度経度情報を活用したバリアブルDMサービスで、採用する健保組合が増えている。いずれも印刷物ではなく、データベースやITを起点としたビジネスで、新しい需要を掘り起こし、売上が年々伸びている。

 同社は情報デザイン業へのシフトに向けて、これらの自社のソフトウェアやサービスを必要とする顧客発掘と市場開拓の戦略の一つに展示会を据えている。コロナ禍を除き、年に3、4回だった展示会の出展数を7、8回に増やした。一方で、展示会の出展数に比例して顧客への提案書制作数が増え、営業担当者から制作部門や生産部門への問い合わせが増加。生産に影響が出て外注費がかさんできた。これも『PrintSapiens』で管理された単品損益を見る中で、生産現場の変動費が増加していることから判明した。

 この問題に対して同社ではマーケティングオートメーションツールによる解決を試みている。自動で汎用の提案書を制作し、展示会で収集した名刺から見込み客にメールで送付。さらに関心を示した見込み客に第二弾の提案書を送り、そこから反応があれば示せば営業担当者が動く。人手をかけずに確度の高い見込み客にアプローチすることで営業効率を上げ、同時に生産現場への無駄な照会を減らす。

 「現在、ソフトウェアのライセンスを含めたサブスク収入を10倍以上にしたいと考えています。ソフトウェアライセンスからコンテンツ提供などの副次的なサービスが発生するので非常に効率の良いビジネスになると思います」

 新しい市場を開拓する際には、営業効率の低下から生じる歪も出てくる。そうした問題を解決するためには、“現実”を分析する必要がある。同社にとって『PrintSapiens』はその現実を示す鏡の役割を果たしている。

情報セキュリティ機能高める

 同社の『健診Assist』は特定健診受診対象者の自宅近くの健診機関を掲示し、受診券と一体となった圧着ハガキ型のDMサービスで、特定健診受診率が後期高齢者支援金に影響する健保組合の課題を解決する。バリアブル自動組版や緯度経度情報の技術が利用されており、受診の案内状と受診券、最寄りの健診機関情報をDM紙面に一体化。受診する際の受診券の申請や受診機関の検索の手間を省くことで、受診の確率を上げる。また、受診券の申請や発行、受診機関に関する問い合わせなどの業務負担を軽減する。 最寄りの健診機関の情報は、機関所在地と、対象者の住所の緯度経度情報を掛け合わせて割り出される。対象者によって最寄りの健診機関や、受診券の情報が変わるため、DMのハガキ紙面はバリアブル印刷となる。

 「デジタルとアナログを組み合わせ、DMサービスを取り込めるようになりました。ただ、DMを受注しているのではなく、その機能を販売しています。DM印刷市場に参入した感覚はありません」 データベースを駆使して、紙の印刷物の機能を上げていくのが同社のDMサービスに対する考え方。この分野をさらに伸ばすためには“情報セキュリティ” の力を高めることが必要で、それを具現化した一つがPODと圧着加工機をインライン化したシステムへの検査機実装である。今年5月、大阪で開催されたJP2023印刷DX展の印刷革新会ブースにも出展されたもので、PODで印刷後に内容を検査し、ハガキを圧着する。

 個人情報や個人の嗜好に紐づけられた情報が掲載されたハガキのバリアブルDMは、圧着されると、宛先と内容を検査することができない。そのため、圧着前に検査することになるが、その工程に人手を介していたのではコストがかさむ。PODと圧着加工機のインライン化システムは印刷と加工のワンパス化に加え、検査も自働化する。同社では検査装置の選定を経て、システムを本格導入する。

 2025年の竣工を予定しているクイックスの新本社工場は、DMなどで利用する個人情報などの管理体制を強化。生産の主力もPODへとシフトし、自働化をさらに進める。

DXは誰のために

 印刷革新会の3社に共通している自働化の理念は、従業員が活き活きと働く環境づくりを基軸にしている。ルーティンワークから解放された社員は、よりやりがいのあるクリエイティブな業務に携わり、新しい付加価値、新しい需要の創造を担う。

 「機械を自動で動かすことがDXの目的ではありません。自働化は従業員の幸せを実践する手段で、とにかく人が基準です。私は全日本印刷工業組合連合会のHappy Industryの考え方に全面的に賛同しています。それには個々の企業がHappy Companyとなり、その土台になるのがHappy Employeeだと考えています」。自働化することで企業が投資する原資と従業員の余裕を生み出し、それにより顧客価値を上げていく。印刷革新会が目指すゴールはそこにある。

印刷革新会の自動化構想

 一方、DXはハードルが高いと捉えられる場面が多い。岡本社長が会長を務める一般社団日本グラフィックサービス工業会(ジャグラ)ではその制約を取り払い、少ない投資で地に足の着いたDXを進めようと『ジャグラコンパクトDX』を推進している。コンパクトDXを進める委員会の一つ『生産性向上委員会』がモデル企業10社にヒアリングしたところ、ほぼ全ての業務に経営者が関わり、“属人化” していることが分かった。

 「ジャグラ会長の立場になって、DXといっても何から始めて良いか分からないという声を聞きます。まずはDXで社長の働き方を改革しましょうというのがジャグラの一つの提言です。社長に余裕がなければ会社の未来を描く時間が生まれません。後継者やお客様がいて、長く仕事を続けて未来を創っていこうとするならばDXは避けて通れません。皆でレボリューションしようというのがジャグラコンパクトDXです」

 クイックスが進めている印刷と加工、検査という3工程を1工程に短縮するインライン圧着加工システムは一つのDXの形。印刷革新会が進めようとしている自働化構想は、入口から出口までの全体最適を見据えており、若干ハードルが高い取り組みかもしれないが、岡本社長は「具体的な事例をそのままオープンにして、同じ印刷業の方々に見せていきたいのです。それによって印刷業界がより良い方向に進むことが印刷革新会の望みです。印刷業界がDXに取り残されて、ベンダーにとって魅力のない産業になってしまうと業界に必要な製品やサービスを提供してもらえなくなるかもしれません。業界が変われるか、変われないかはこの2、3年が勝負と感じています。逆に小規模企業が多いこの業界がDXで変わることができれば、他の産業の刺激になると思います」と、印刷産業を俯瞰している。

株式会社クイックス
愛知県刈谷市幸町二丁目2番地
https://www.kwix.co.jp/

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