IDTechEx社 量子ドット技術が普及へ、ディスプレイ&照明センサーが変わる?

IDTechEx社では、リサーチディレクターのDr.Khasha Ghaffarzadeh氏によるリサーチ記事「量子ドット:ディスプレイ、照明センターの新技術」について紹介している。それによると、量子ドット技術と、その応用分野が急速に広がっているなど、量子ドット技術のイノベーションと実用化の最前線を取り上げている。なお、量子ドット(QD)は、ナノテクノロジーが商業的に成功した事例の一つで、現在、既にディスプレイに応用されている。記事から抜粋して紹介する。

■ディスプレイ、照明

ディスプレイにおける量子ドットフィルムの市場動向
ディスプレイにおける量子ドットフィルムの市場動向

量子ドットは、ディスプレイの世界では新しい話ではない。量子ドット技術を利用することで液晶ディスプレイ(LCD)の色域を広げることができ、高品質な有機ELディスプレイ(OLED)に対するコスト的な優位性を保ちつつ、LCDの性能面での競争力を高めることが可能となる。

量子ドットの利用は、テレビなど大型ディスプレイの消費者市場において、興味深い市場ダイナミクスを生み出している。 この用途では量子ドットは主に、量子ドットフィルム(QDEF)として実用化されている。量子ドットフィルムは、樹脂に埋め込まれた量子ドットの層を2層のバリア層でコーティングして挟み込んだ形をしており、LCDのスタック構造の1つとして挿入される。

これに関連して生まれた技術には、様々なトレンドを見ることができる。量子ドット材料成分は、CdベースのものからCdフリーへと進化した。これは法的な要求によるもので、InPベース量子ドットのQY(量子収率)や、FWHM(半値全幅)、安定性、コストの改善により、技術的にはほぼ完成している。

材料変更によりInP量子ドットのQYが年を追うごとに向上し、収率の低下は最小限となっている。しかしFWHMに関しては、改善しているもののまだ若干性能的には見劣りする。現在、FWHMは商用の実験段階では35nmの実証に成功しており、量産では37nmから38nm程度になると予測されている。

 

一方、量子ドットの安定性は改善し、バリア層の要件は緩和されている。これによりバリアレイヤーのコストや複雑さが大幅に改善し、全体の実装コストの低減に貢献している。QYの向上は輝度の改善につながり、同じ発光を得るために必要な単位面積当たりの量子ドットの量を減らすことができる。

サプライヤー各社はバリューチェーンを社内で完結させること、そして基板の数を減らすことを目的に、ガラスへの直接堆積も実験的に検討している。全体コストを削減すれば、量子ドットLCDが、高級品のカテゴリーを脱することが可能になる。

QDEF(量子ドットフィルム)は、短期的には成長していくが、長期的には過去の技術になっていくと考えられる。最初の足掛かりは、LCDとOLED両方のディスプレイに使用できる量子ドットカラーフィルター(QDCF)である。

LCDディスプレイでは、QDCFが従来のカラーフィルターを置き換え、効率を改善しつつ広い色域を確保することができるが、材料やシステムレベルでの技術的なハードルは高い。材料に関してはパターニングや青色の吸収、空気安定性など克服すべき課題が数多くある。

現在、大型ディスプレイ用のQDCFをインクジェットで形成するためのインクの開発が多くの企業で行われている。また高濃度(重量%)の量子ドットをフォトレジストに適切に分散し、高解像度のQDCFを実現する試みも行われている。

ディスプレイのロードマップには、オンチップ量子ドットもある。これはQDEF(量子ドットフィルム)やQDCF(量子ドットカラーフィルター)を追加することなく、LCD(液晶ディスプレイ)で広い色域を実現するもの。ここではLED光源の近くに設置した場合の熱や光のストレスに量子ドットが耐えられるようにすることが課題となる。

オンチップの量子ドットは照明用途で特に有望とされている。FWHMの狭い赤色ダウンコンバーターを使用する場合に効率の改善ができるためで、このことで量子ドットは高効率とともに高いCRI(演色性)を得ることが可能になる。ここでも課題は安定性である。

量子ドット蛍光体を超えたダウンコンバータ技術の進歩
量子ドットは、究極のエミッションディスプレイ材料になるか?

一般的に、量子ドットの安定性が改善すれば、さまざまな種類や用途のLED照明に量子ドットを利用する道が開ける。照明としては量子ドットを使ってスペクトルをカスタマイズすることも検討されている。これができれば、例えば園芸用途向けに植物が光合成を行う波長に合ったスペクトルを持つ照明を実現することができる。

ただしディスプレイでの量子ドットの最終的な目標はQLEDである。これは極めて広い色域を持つ自発光(したがって100%のコントラストを実現できる)、薄型(フレキシブル)、高効率などの特徴を持つ究極のディスプレイだが、まだまだ長い道のりが待っている。

量子ドットにもディスプレイ分野において競争相手となるテクノロジ―が存在する。韓国のディスプレイメーカーが採用しているナノセルディスプレイもフィルター技術によって広い色域を実現している。この技術は従来の色フィルターの透過スペクトルが重なっている部分の波長の光を吸収する特別な材料をフィルターに入れたものと見ている。

また次世代のOLEDも見逃すことはできない。特にハイパーフルオレッセンスを用いたTADF(熱活性化遅延蛍光)では、発光スペクトルの幅(FWHM)が狭く、高いEQEが得られており有望である。ただしこの技術はまだ開発段階で、量産までには紆余曲折も予想される。蛍光物質も改善が進んでいおり、特にKSF赤色蛍光体は既に量子ドットよりもシャープなスペクトルを実現している。また、緑色で狭いスペクトル幅を持つ材料の発表も近いといううわさもある。

■フォトセンサー

フォトセンサー 量子ドットは、光の吸収特性を変化させることができ、特にドットサイズや成分により変更が可能である点が重要である。さらに、液体から形成することが可能なため、シリコンのCMOS読み出しIC(ROIC)に集積することも容易である。

量子ドットの強みは、高解像度の赤外吸収が可能な点で、特に量子ドットPbSなどを用いた短波長赤外(SWIR)の受光素子には有利である。ディップ成形やスピンコーティングなどの手法でCMOS ROICの上に堆積することができ、センサーとしては光導電性材料とフォトダイオードのどちらとも組み合わせることが可能だ。

初期的な結果によれば、量子ドットはInGaAsを用いたセンサーよりも高い検出感度(Jones)を得ることができている。CMOC集積回路に直接形成することが可能なため、ボンディングにより作製されるGaAsオンシリコンのCMOS回路よりも高い解像度を実現する可能性も秘めている。 しかし、実現には、するべきことがたくさんある。高密度で低抵抗の量子ドット薄膜を形成するにはリガンドの交換メカニズムの開発が必要である。膜の堆積技術を改善し、均一性や制御性、再現性を確保することも求められる。パターニング技術に加え、SWIRを透過することができる上部電極など、デバイスで使用される他の部材にどの材料を選択するかや、フォトダイオードのHTL/ETLの配置などにもまだ答えがない。

量子ドットを可視光のフォトダイオードに利用し、高解像度のグローバルシャッタを作ることもできる。これまでのグローバルシャッタセンサーの解像度は一般的に低いものだった。

量子ドットを使えば。受光素子と読み出し回路を分離することができるため、従来の課題が解決する。すでに、QD-CMOSグローバルシャッタを可能にした試作品が既に発表されている。量子ドットはここでも競争相手がいる。有機半導体(OSC)も溶液を用いてROICの上に形成することができ、高解像度のグローバルシャッタを持つイメージセンサーが実現可能である。しかし、一般的にOCSではSWIRより長波長の光の吸収は困難となっている。

レポートの詳細は、IDTechExホームページから

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