モリサワ 「タイプデザインコンペティション2024」表彰式開催 世界から1092作品が集まる より広い用途で使える楷書「くろむぎ」が和文部門金賞受賞
株式会社モリサワが主催する「モリサワ タイプデザインコンペティション2024」の表彰式が6月5日、東京都千代田区の神田明神ホールで開催。世界45の国と地域から集まった1092点の応募作品の中から、厳正な審査を経て各部門の受賞者にトロフィーが贈られた。
金賞には、和文部門「くろむぎ」の遠矢良彦氏(日本)、欧文部門「Nimonic」の王乃謙氏、簡体字部門「WENKAI」の孫丁詞氏(中国)、繁体字部門「Cao Chuang Gu Yun」の顧蓉蓉氏(中国)、ハングル部門「wanwan」のウィ・イェジン氏(韓国)がそれぞれ選ばれた。
5部門で開催、応募は世界1092作品にのぼる
同コンペティションは、書体デザイナーの発掘と新たな表現の可能性を広げることを目的に開催されており、今年は和文・欧文に加え、簡体字・繁体字・ハングルの5部門で実施された。和文173点、欧文480点、簡体字193点、繁体字92点、ハングル154点の応募があった。
その中から金賞・銀賞・銅賞の各1点と佳作5点が選ばれ、さらに同一作者による複数入賞も見られた。入賞作は公式ウェブサイトにてデジタル作品集として公開されており、ファン投票による部門別の人気作品も同時に発表された。
「楷書の可能性を広げたい」和文部門金賞・遠矢良彦氏の挑戦
和文部門では、遠矢良彦氏が「くろむぎ」で金賞を受賞。過去3度の挑戦を経て、ついに4回目の応募での栄冠となった。
遠矢氏は「楷書の持つ伝統的なイメージに縛られず、より広い用途で使われる書体に」との想いから、ミニマルで端正な表現に取り組んだと語った。
国際化進むコンペティション 次世代のタイプデザイナーたちへチャンスを
特別審査員のサイラス・ハイスミス氏は、同コンペティションが「未発表の初代作品にフォーカスしている点が特徴」であり、「これから活躍していく若いタイプデザイナーに注目されるチャンスを開いている」と講評した。2024年はラテン部門・和文部門に加え、ハングル、繁体字、簡体字の3部門が新設され、「タイプデザインの世界がますます国際的になっている現状を反映した前向きな一歩」と評価。審査には世界各国からタイプデザイナーやグラフィックデザイナー、教育者らが参加し、「多様な視点と専門性に裏打ちされた審査が行われた」と振り返った。最後に、入賞者の成果が「次世代のタイプデザイナーたちの刺激になることを願う」と述べた。
北川一成氏が語る「記憶に残るデザイン」の本質
表彰式に続き、グラフ株式会社代表・北川一成氏による特別講演「タイポグラフィ思想とアート的展開」が開催された。デザイナー・アートディレクターとして数々のブランドを手がけてきた北川氏が、ブランディングにおけるタイポグラフィの役割について語った。
北川氏は、ブランディングにおいて大切にしている4つの要素として「記憶」「唯一無二」「余白」「サイエンス」を挙げる。なかでも「記憶」については、脳科学の視点から「認知しやすい=記憶に残るとは限らない」と指摘。スムーズに読み取れるものより、少しの違和感や“脳のエラー”を感じさせるデザインの方が、脳内に強く刻まれるという研究成果を紹介した。
実例紹介では、ライフカードやアイフルのロゴリニューアル、写真家・鷹野隆大氏の展覧会ポスター、ハナマルキの味噌パッケージなどを取り上げ、書体がブランドに及ぼす影響を解説した。展覧会ポスターに関しては、会場でもひときわ関心が集まった。鷹野氏の撮影した作品のひとつであり、北川氏の印象に深く残った男性二人が裸で向き合う写真。これをポスターに起用したいと考えたが、そのまま大々的に掲出することは難しいとされた。かといって一般的なアート展のポスターでは印象に残らない。そこで北川氏は、鷹野氏とともに「アート作品をつくるような気持ちで」ポスターを制作。完成したのは、グレーの三本ラインだけをあしらった象徴的なデザインだった。ミニマルながら強い印象を放つこのポスターは、盗難事件が起きるほどに注目を集め、同デザインのフライヤーは会期中に配布終了となった。
また、ハナマルキの味噌パッケージでは、従来の縦書き筆文字から一転して、シンプルな横組みのゴシック体を採用。「味噌らしさ」を表現してきた毛筆体をあえて避け、見出しゴシックによって店頭での差別化に成功し、売上が大幅に向上したという事例が紹介された。北川氏は「認知と記憶は異なるもの」と改めて強調し、認知性の高いデザインではなく、「モヤモヤとエラーを起こすような、見たことのないデザインこそが、記憶に残る」と語り、来場者に強い印象を残した。
タイポグラフィがつなぐ、多様な文化と記憶
式典後にはレセプションも行われ、受賞者と審査員、来場者らが言語を超えて交流した。記念撮影には笑顔が並び、文字というメディアが国境を越えて人と人をつなぐ可能性を改めて感じさせる場となった。