花王 パッケージ制作フローを効率化、色の数値管理で印刷立会を削減

Pack Proof、 PantoneLIVE、 eXactを活用

日本を代表する日用品メーカーの花王株式会社(東京都中央区)は、色の数値管理による商品パッケージ印刷の承認プロセスを確立し、印刷立会を削減するとともに、平均3ヵ月を要していた業務を約1ヵ月に短縮させている。新型コロナウイルス感染症の拡大で印刷立会や色校正の打ち合わせが不可能になる中、在宅勤務下でのプロジェクトの進行にも寄与した。一方、数値管理の体制を構築するまでには紆余曲折もあった。その中で大きな役割を果たしたのが、エスコグラフィックスのインクジェット色校正用ソフトウェアRIP『Pack Proof』と、エックスライト社のクラウドでカラーライブラリを共有できる『PantoneLIVE』、分光タイプ測色計・濃度計『eXact』。商品のブランドカラーの統一と、業務の効率化を両立させた同社の取り組みを紹介する。

ESG の観点から無駄の削減へ

プロジェクトをスタート

多岐に渡る製品バリエーション
多岐に渡る製品バリエーション

花王が開発・販売する商品は化粧品、洗剤、石鹸など多岐に渡る。同じ商品でも5個入り、10個入りではパッケージのサイズが変わるほか、ボトルと詰め替え用でも素材が異なってくる。時世に合わせてパッケージデザインを変更するケースがあり、バリエーションは膨大になる。

生産拠点は日本及びアジア5ヵ国。それぞれ現地で商品を供給する地域に合わせてデザインを考案し、パッケージを作成、印刷する。国内で印刷されるパッケージと、海外で印刷されるパッケージのイメージの統一も求められる一方、商品を担当するデザイナーごとに色の判断基準や作業方法、印刷管理の手法は異なっていた。校正回数の増加や印刷立会時の色の修正、花王独自のプロファイルによる特色ライブラリの増加など、プロセスが煩雑化し、ブランドカラーの統一には多くのマンパワーとコストを費やしていた。

とくに商品の“顔”となるパッケージは売れ行きを左右する要素のため、高彩度・高濃度のグラフィックによる商品店頭陳列を前提にデザインされる。色校正紙はオリジナルプロファイルにより高彩度で出力され、カラーターゲットとなる校正紙のガモットが、実際に印刷会社で使用されるインキの再現領域を上回ることがあり、一層の校正回数の増加を招いていた。

同社では約100ヵ国・地域で商品を販売している。経営戦略の一つである海外展開をさらに広げるためには、それぞれの地域でのブランドの定着と向上、模倣品対策を強化するブランドカラーマネジメントの徹底が必須となっていた。加えて昨今の消費者や投資家のESG(環境、社会、ガバナンス)指向の高まりから、パッケージ制作の長大なプロセスから発生する資材、コストの抑制も見逃せない課題となっていた。

印刷立会をはじめとする業務の見直しのプロジェクトがスタートしたのは2011年。現コンシューマープロダクツ事業統括部門・作成センター・商品デザイン作成部クリエイティブディレクターの渡邊克則氏が中心となり、アジア地域の業務フローの標準化に着手。数年後には日本でもプロジェクト化され、課題解決に向けて動き出した。

タイからスタート

合意した色差以内で原則OK

パッケージにおけるデザイン・クリエイティブワークの効率化に取り組んでいる熊谷朋毅氏(左)と渡邊克則氏
パッケージにおけるデザイン・クリエイティブワークの効率化に取り組んでいる熊谷朋毅氏(左)と渡邊克則氏

増えすぎた特色ライブラリの整理をする上で、同社が着目したのはPANTONEカラー。世界的にも色の標準色として普及しており、生産拠点間のカラーマッチングにも最適だった。ICC プロファイルに関しても、オフセット印刷用にJapan Color 2011、グラビア印刷用に東洋インキ油性グラビアラミネートパッケージ用プロファイルを採用。色の絶対値であるLabでこれらを管理・運用する方針を固めた。生産国、印刷会社が異なっても、理論上、数値による色のコミュニケーションを図れる環境を整備しようとしたのである。

2018年、同社ではPantoneLIVE を導入。クラウドで特色の配合値等を含めたカラーライブラリを管理することで、デザイナー個々の感覚に頼った色管理を排除し、特色ライブラリの増殖を抑えていった。

 同時に実際の色の確認には、全てのPANTONE色が忠実に再現できる唯一のインクジェット色校正用ソフトウェアRIP『PackProof』を採用。ライトシアンやビビッドマゼンタ、オレンジ、グリーン、バイオレットなどを含む12色のインクジェットプリンターでターゲット色に極めて近い仕上がりの色校正紙を得ることができるようになった。

Pack ProofとPANTONE LIVE、eXactを利用したリモート立ち合いのスキーム(クリックすると図が拡大します)
Pack ProofとPANTONE LIVE、eXactを利用したリモート立ち合いのスキーム(クリックすると図が拡大します)

同社はそのPack Proof をデザインの検討段階から利用。校了後にはPack Proof から出力された印刷ターゲットが国内外の印刷会社へと送られる。デザイナーはデザインソフトで保存したPDF を、ホットフォルダーにドラッグ&ドロップし、インクジェットプリンターから出力。在宅勤務中はVPN で社内と接続し、ホットフォルダーを通してPack Proof に印刷を指示する。

同所属のクリエイティブディレクターの熊谷朋毅氏は「Pack Proof を入れた段階で、花王オリジナルではないPANTONE 色によるカラーマネジメントの標準が確立できました」と述べる。新しいカラーマネジメントシステムは2019年にタイからスタートし、インドネシアでも採用。eXact を用いることにより色差を明確にすることで、本印刷前の色の確認がリモート化され、原則、印刷立会が解消された。

実際のリモート立会による色の確認は、Web 会議システムを通して行われる。渡邊氏は「Web会議システムを利用し、モニター上で印刷ターゲットと、実際に本機で印刷された印刷物を見比べます。乖離が多かったら調整を指示します。人の肌は現場の判断が優先です。基本的にはターゲットから合意した色差以内だったらルール上OK にしています。悩む場合も承認で通します」という。使用するモニターは一般的に利用されているものだが、印刷ターゲットと印刷物を比べれば色の差異は分かる。異なっている部分のみ確認し、明らかな乖離がなく、合意した基準の色差内であれば承認して本印刷を指示する。

「Web 会議システムで、印刷会社と話ができる前提がPack Proof です。PANTONE もかけ合わせも忠実に再現するので、出力したものが印刷ターゲットそのものになります。出力したカラーターゲットの精度が高いので、リモート立会でもディスカッションができるのです」(渡邊氏)

当初、数値管理による印刷には不安が伴った。熊谷氏は「カラーマネジメントのデジタル化を始めた当初は不安がありました。色の違いが数値で理解できるだろうかと」と振り返る。しかし、「デザイナーのように色を見る訓練をされていない事業部のメンバーでも判断ができました。逆に安心してOK が出せるようになっています」という。渡邊氏は、「アジアの現地の印刷会社は数値管理に懐疑的で、最初は信用できない、失敗したらどうするのかという意見が寄せられました。それでもテストを繰り返して、社内のメンバーを教育し続けていきました。最初は大変でしたが、ステップバイステップで一緒に作業を重ねながら互いに理解を深めていくことができました」という。熊谷氏も「印刷会社ごとに条件がある中で、双方で合意可能な適切な測定条件を設定して合意に至るプロセスが重要です。マインドの問題としてはまずチャレンジすること。やってみないと分からないことがありますから」と強調する。

タイでスタートした数値管理のモデルはインドネシアでも全ブラントで適用されており、今後、他の生産国に展開する。

(クリックすると写真が拡大します)
(クリックすると写真が拡大します)

数値管理とリモート立会が確立

業務期間が3ヵ月から1ヵ月に

数値管理によるカラーマネジメントの確立は、

①印刷品質の均質化:複合購買体制による印刷色ブレの消滅

②印刷管理業務期間の短縮:通常3ヵ月から約1ヵ月の短縮

③担当者業務量の削減:大部分の確認業務(製版確認・印刷色確認・修正確認)の削減

④印刷立会の減少(新スキーム採用国に限り、印刷立会は基本的に最低限の参加)

という成果に結びついた。結果的にパッケージの制作プロセスで利用するプルーフ用紙やインキが減少。印刷立会に伴う出張経費や時間も削減され、コストの削減、ひいては色校正時に発生してしまう破棄する資源も抑えられた。

1枚目のカラーターゲットからΔE0.8の色差という精度
1枚目のカラーターゲットからΔE0.8の色差という精度(クリックすると写真が拡大します)

加えて新型コロナウイルス感染症の拡大で、印刷会社の部外者の立ち入り禁止と在宅勤務が始まってからは校正承認のリモート化に移行。渡邊氏は「新型コロナウイルス感染症の拡大で出張もできず、印刷会社に立ち入れない状態になりました。あまりにも急過ぎたので、タイ、インドネシアで構築していた数値管理のスキームと、手持ちのパソコンの組み合わせでリモートによる立会に対応しました」と振り返る。その結果、完全在宅勤務でもほぼすべてのプロジェクトについてリモート立会に切り替え、業務が滞らずに進行することができた。

国内では当初、印刷会社がデザイナーに本機の印刷見本を送付し、修正指示を記入して送り返す方法も考えられたが、時間のかかり過ぎで商品の生産開始に間に合わない可能性があった。国内のリモート立会でも、Pack Proof の印刷ターゲットに対し、モニター上で実際の印刷見本を比較。現場でのリアルな立会よりもリモート立会に要する時間は短かった。

4台のインクジェットプリンターが稼動中
4台のインクジェットプリンターが稼動中

熊谷氏は「Pack Proof がなかったら、このコロナ禍を乗り切れなかったと感じています。リモート環境ができたことは大きいですね」と高く評価。渡邊氏も「日本でも、もうワンステップ踏み込み、次の段階に上げていきたいと考えています」と述べている。

今後はPack Proof を利用したリモート出力を検討。海外の生産拠点にPack Proof を導入し、現地で日本と同じ環境下で出力することで、日本から印刷ターゲットを送るコストと時間の削減を目指す。国内でもPack Proof を導入している一部の外部パートナー企業とはリモートプルーフ出力の環境を整えている。カンプ制作期間の短縮や印刷用色見本の送付時間の効果が現れ、コロナ禍の中のBCP 対策にもつながっており、このスキームを広げていく意向である。

また、同社ではESG の観点から環境に配慮した印刷方式の採用を見据えている。例えば、花王が保有している水性インクジェットインクを利用した軟包装用のインクジェットデジタル印刷機や、水性グラビアインクを採用したグラビア印刷機でVOC(揮発性有機化合物)の発生を抑えることも検討している。また、国内でも数値管理によるカラーマネジメントの本格的な運用に向けて、取引先の印刷会社をはじめとするサプライヤーと連携を取りながら、パッケージ制作フローのさらなる効率化を図っていく。

エスコグラフィックス株式会社

https://esko.co.jp/

エックスライト社

https://www.xrite.co.jp/

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