ハイデルベルグ・ジャパン 100周年記念式典に300人余集う、軌跡への感謝と次の100年へのコミットメントも披露

ハイデルベルグ・ジャパン株式会社は、10月23日、東京都千代田区の東京會舘3F「ローズ」の間で、「ハイデルベルグ・ジャパン100周年記念感謝の集い」を盛大に開催した。
1926年に日本で事業を開始して以来、今年で100周年を迎えたことを機に行われたもので、ハイデルベルグユーザーだけでなく、印刷業界の経営者・幹部による研究・交流組織であるハイデルフォーラム21に所属する企業、業界関係者ら300名を超える人々が集い、100年を祝った。

100周年を迎えたことに対する感謝を述べるハイデルベルグ・ジャパンのバウアー社長
300人余りが募った感謝の集い

感謝の集いの冒頭、ハイデルベルグ・ジャパンの始まりである川嶋商店がドイツ本社と代理店契約を結んだ創業時からの軌跡を映像で紹介し、式典がスタートした。まず主催者を代表して、同社ヨルグ・バウアー社長が挨拶に登壇し、ユーザーと共に歩んできた100年を振り返るとともに感謝を述べ、これからの100年も共に歩んでいくという所信を述べた。
会場にはドイツ大使館のペトラ・ジグムント駐日ドイツ大使も駆けつけ、ハイデルベルグジャパンへのお祝いを述べたほか、乾杯の発声では全日本印刷工業組合連合会の瀬田会長が登壇してお祝いを述べるとともに声高らかに乾杯の発声を行った。
会場に入場時には、出席者による名前の寄せ書きも行われた。寄せ書きは終盤、来日したドイツ人アーティストのカイ・レオンハート氏によって一つの作品として展示された。
今回の100周年記念感謝の集いを開くにあたり、100周年記念誌も制作され、来場者へ配布したほか、レオンハート氏によるイラストを採用した来場者へ渡すバリアブルのオリジナル手提げ袋も用意するなど、趣向をこらした式典となった。

【ヨルグ・バウアー社長あいさつから(抜粋)】
今回、皆様にお集まりいただいたことを光栄に思います。100周年の節目を迎えられたのは、お客様である皆様が長年にわたりハイデルベルグを信頼し、ソリューションを受けてくださり、ビジネスに貢献するチャンスを与えてくださったからです。
日本におけるハイデルベルグの100年は、お客様が技術を活用し、ビジネスを発展させ、数々の困難を乗り越えそれぞれの時代を切り拓いてきた歴史です。私たちの役割は機会に即したソリューションを提供し、お客様の生産性、技術、競争力の向上を支援することでした。

1920年代、活版印刷の多くは、手差しの印刷機に依存していました。日本に初めてハイデルベルグのプラテン機が導入された時、自動給紙と排紙により、1人のオペレーターが1時間に最大5000枚を生産できるようになりました。これにより当時の経営者の方々は、生産性の向上という成果を実感し、現場では自動化がもたらす変化を日々体験することができました。
その後、時代が移り変わる中で、印刷技術も進化してきました。現在、イノベーションのサイクルはさらに加速し、自動化、ソフトウエア、AIが重要な役割を担っています。しかし、どのように優れた技術も、それだけで成果を生み出すわけではありません。変化を恐れず、新しいチャレンジに取り組む経営者やリーダーがいてこそ、技術は真の価値を発揮し、大きな成果をもたらします。

だからこそ、こうした時代においてハイデルベルグの役割も進化しています。機械やソフトを提供するだけでなく、コンサルティング、トレーニング、導入支援を通じて、適切なテクノロジーを提供するだけでなく、働き方そのものを変革し、成功へとつながるサポートをしています。
一方、ハイデルベルグも常に日本のお客様から多くを学び、育ててもらいました。日本のお客様が求める品質、精度、信頼性の水準は世界でも最も高いものです。
私たちは、ハイデルベルグが日本の印刷業界に何をもたらしたかを語ることがあります。しかし同様に、日本の印刷業界もハイデルベルグの発展に大きく貢献してくださいました。日本のお客様と共に培ってきた知識と経験は、世界のハイデルベルグにも生かされ、大切な財産となっていますことに、改めて感謝申し上げます。
ビジネスにおける信頼は、実績、確かなサービス、誠実なアドバイス、そして長年にわたり積み重ねてきた成果によって得られるものです。私たちはお客様の成功を支援することで、これからもその信頼にこたえ続けます。お客様が成功を収めてはじめて、私たちも成功することができるからです。
受け継がれてきた精神を礎に、次の100年を皆様とともに歩みます。

お祝いと乾杯の発声を述べた全印工連・瀬田会長
出席者への贈答品のデザインを担当したアーティストのカイ・レオンハート氏
次の100年に向けたコミットメントも披露された

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